アーバンリノベーション グループ 代表 米沢賢治


アーバンリノベーション グループ 代表 米沢賢治

1951年2月生まれ 北海道深川市出身

一級建築士
株式会社ウィボックス 
株式会社アーバン・プランニング  一級建築士事務所 代表
代表アーバンリノベーション本部 代表
一般社団法人マンション大規模修繕協議会代表理事
福祉住環境コーディネーター2級
社団法人・北海道建築設計事務所協会会員
社団法人・北海道マンション管理組合連合会会員
バリアフリーデザイン協議会副会長



北海道深川市の柾葺き屋根の下で、大工棟梁の次男として生まれる。

幼少期は、父親が造る木造建築を眺めながら木片と大工道具をおもちゃにして遊び、大事な大工道具をいじっては父にしかられ、時には石炭小屋に、時には地下室に閉じ込められていた。いつも周りは大工さんばかりで、5人のお弟子さんたちと一緒に家族6人が寝食を共にし、非常にやんちゃな少年時代を過ごす。

高校卒業の年に数校の大学受験に失敗、その傷がいえないまま日本国有鉄道に就職。その後、先輩の推薦等もあって運よく東京都国立の鉄道技術研究所に転勤が内定。勤務しながら夜間大学に通うことになっていた。

しかし、その当時は組合紛争の真最中。2年がかりで転勤の許可を上司の駅長にお願いしたが受理してもらえなかった。その間、鉄道公安官の資格を取得すれば鉄道技術研究所に転勤できるという条件を出され、その受験のために労働組合を脱退。

その結果、労働組合に加入していた先輩、同僚からつま弾きにされ、そしてストライキのたびに赤鉢巻を巻いた労働組合役員に問い詰められることになる。

そして、ついに鉄道技術研究所への転勤を断念。
                                       
「腹が空いているのに食事が喉を通らない」
そのときに初めて経験した、言葉で言い表すことが出来ないほどのこの苦しみ、辛さが、経営者として今を生きていく過程で最高の糧となっている。

そして、子供の頃からの建築家になる夢をどうしても捨てきれずに国鉄を退職。

人生のやり直しを誓って大学に入学し、そして卒業後、建設会社に10年間勤務。そこで公共工事から一般住宅まで幅広く建築知識、施工技術を学ぶ。30歳のときに一級建築士を取得。

36歳のときに、勤務していた建設会社の社長がヤクザと公正証書を交わして夜逃げ。私は1月間、軟禁状態に合う。

その間、失望、挫折、悔しさ、恐怖が頭の中を入り乱れる中で自分の気持ちを奮い立たせ、残された従業員211名の離職書作成と建設途中だった12物件を別の建設会社へ引継ぐことが自分の使命と考え、真正面からヤクザと交渉を重ねながら残された社員と共に実務をこなしていった。

このとき、「人間、そう簡単に命は無くならない・・・」と心の底から強く感じた。
さらに、「こんなに辛い思いをしたのだから、この先どんなに辛いことがあっても乗り切れない訳が無い」という変な自信までついてしまった。

ここでまた、お金で買えない人生最高の経験を積むことができた。

1987年11月に札幌で「建築に大きな夢を持って」現在の(株)アーバン・プランニングを設立。
1995年からマンション大規模修繕調査診断・設計監理業務を遂行。

2006年8月にマーケティング・ノウハウの提供、セミナー運営、情報商材販売などを行う会社として、(株)ウィボックスを設立。

(株)アーバン・プランニングで大きな成果を出す原動力となった、ダイレクト・レスポンス・マーケティング(DRM)のノウハウを伝えるコンサルタントとして、実践向けのマーケティング教材「俺にも出来た!売り上げ2倍」を作成。また、全国で悩みを抱える経営者の力になるため、数々の実践型セミナー、及び合宿セミナーを行う。

2007年には柏艪社から、「マンション買うなら俺に聞け」を出版。いまのマンションの問題点を専門家の視点でズバリ指摘し、多くのマンション購入予定者の道先案内人として貢献。

現在は、自分が手がけている「マンション大規模修繕業務」のノウハウをまとめ、事業化に向けた取り組みに力を注いでいる。


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